おはようございます。
皆様、年末から続く忘新年会・・・いかがおすごしでしょうか
間違っても「酒の飲み比べ」なんてしてませんよね?(体に悪いので止めましょう・・・(^^;)
まあ、世の中平和だと、変なことしがち・・・
動乱の時代には、英雄の武勇談が熱く語られますが、四海波静かと言う泰平の世には、血なまぐさい
話は不似合い・・・英雄にかわって世人の喝采を浴びたのが、いわゆる「奇人・変人」・・・
江戸の時代もそうです。そんな奇人変人が集まって、お酒で合戦・・・
・・・いわゆる飲み比べをしておりました。
以下、
杉浦日向子さん大江戸美味草紙より・・・
泰平の江戸では、「酒合戦」というバカげた呑みくらべが、そこかしで、もよおされた。
「酒合戦」につかわれる大盃を、俗に「武蔵野」と称す。
江戸は、「武蔵野は月のいるべき山もなし、草より出でて草にこそ入れ」と、
かつて平安の都人を詠嘆せしめた辺境の荒地だった。見渡す限りの原野。
すなわち、野見尽くせぬ・・・呑み尽くせぬ・・・
それほどなみなみたっぷり酒の入る盃と言う意味だ。大相撲の千秋楽に、優勝力士が抱える朱盃へ、
月とススキの蒔絵をほどこせば「武蔵野」の基本形となる。
文化十四年(1817)三月二十三日、両国柳橋の料亭、「万八楼」での記録が、
江戸第一の盛会として、世に名高い。
六十八歳の堺屋忠蔵は、三升入りの大盃で三杯(九升)呑み、かたや三十歳の鯉屋利兵衛は、
おなじ大杯で六杯半(一斗九升五合)呑んだもののさすがにぶっ倒れ、しばし休んだのち、
茶碗に水を十七杯飲んだとか、四十七歳の伊勢屋伝兵衛は、八升一合呑んだあと、
飯を三杯食って、茶を九杯飲んで、さらに甚句を踊ってみせたとか、一斗五合を呑んでぶっ倒れたが、
そのあと砂糖湯を茶碗で七杯飲んだ屋敷の使用人などなど、なんともあきれ果てる数字が、
うんざりするほどえんえんと並んでいる。