ケーキもいいけどね、たまにはヨウカンなんてどう・・・?
羊羹をすなおに食って睨まれる (江戸川柳)
羊羹の本家は中国で、遣唐使により日本にもたらされた。
その羊羹は、すなわち羊の肉や肝の羹(スープ)だった。当時の日本は、仏教一色で、
肉食はかたく戒められていた。そこで、赤小豆の粉に、小麦粉、葛粉、すりおろした山芋をあわせ、
羊の肝に似せてこねて蒸しあげ、汁にいれた。これがのち、砂糖とむすびつき、
和菓子の「流しもの」、棹羊羹に化ける。
庶民にとっての羊羹は、もてなしの茶菓子の王座にあり、客に羊羹をすすめるのは、
下へもおかぬ大歓待の表現だ。客の格により、羊羹の厚みがことなってくるわけで、
自力で立っていられず、パタリ皿にはりつく透けそうなのから、香箱ほどもある重量級まで
さまざまに供された。これはハレの「睨み鯛」と一緒で、数日、箸をつけず飾って、
眺めるだけで食事するように、まず客は、おしいただいて茶を服し、手をつけず辞去するのが
暗黙の礼儀だ。羊羹は再び戸棚にしまわれ、つぎなる客の到来まで待機する。
度重なると、羊羹の周囲が変色し、砂糖の薄氷が張るようになる。
そうなれば、渋茶の友として、亭主の夜長をなぐさめ、つとめを終える。
後続の一切れも、末永く長命たらんことを亭主は祈るのだが、運悪く、素直な客に、
ぱくりとやられることもある。
「おのれにっくきやつ、どうしてくりょう」と歯噛み。
(by杉浦日向子さん大江戸美味草紙より)
関連記事